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『二月の勝者』4巻を読んだ|親の価値観は子どもに映る。そして考えた中学受験の公平さ

『二月の勝者 ―絶対合格の教室―』第4巻を読んだ。

物語はいよいよ小学6年生の7月。

中学受験本番まで、残り半年ほどである。

我が家も現在、小学6年生の息子と中学受験の真っ只中にいる。

だから最近は『二月の勝者』を読んでいても、単純に漫画として楽しむというより、

「これは我が家にもあるかもしれない」

「自分はこんなことを言っていないだろうか」

と、いちいち自分たちの家庭に置き換えてしまう。

第4巻で特に印象に残ったのは、島津くんの家庭の話だった。

成績優秀な島津くんが、なぜ自分より勉強のできない子にあれほど厳しい言葉をぶつけてしまうのか。

その背景を知ると、単純に「嫌な子」で片付けられなくなってくる。

そして後半では、高校受験における「内申点」の話も出てくる。

これも面白かった。

中学受験をしなければ受験から解放されるわけではない。

その先には高校受験があり、そこには中学受験とはまったく違う難しさがある。

第4巻は、子どもの成績というより、親の価値観や受験という仕組みそのものについて考えさせられた一冊だった。

目次

島津くんの言葉が怖い

第4巻で強烈だったのが島津くんである。

島津くんは成績がいい。

その一方で、自分より勉強のできない子に対してかなり厳しい。

偏差値の低い学校を見下すような言葉も口にする。

最初は、

「いやいや、そこまで言わなくても……」

と思いながら読んでいた。

成績がいいからといって、ほかの子を見下していいわけではない。

ところが、読み進めていくと島津家の様子が出てくる。

そこで見えてきたのが、島津くんの父親の価値観だった。

偏差値50程度の学校を認めず、息子が問題に時間をかければ厳しく責める。

さらに、その責任を母親にまで向ける。

かなり強烈である。

もちろん『二月の勝者』はフィクションである。

島津家のような家庭が実際にどれだけ存在するのかは分からない。

それでも読んでいて、

「ああ、島津くんだけの問題ではないのか」

と思った。

親の価値観は子に映る

島津くんが塾で口にしている言葉は、何もないところから突然生まれたわけではないのだろう。

家庭の中で日常的に聞いている価値観が、少なからず影響しているように描かれている。

これが怖かった。

「偏差値が低い学校だからダメ」

「あの子は勉強ができない」

「こんな問題もできないのか」

親にとっては、何気なく口から出た一言かもしれない。

しかし子どもは、大人が思っている以上によく聞いているのだと思う。

そして、もっと気をつけなければいけないのは、言葉だけではない。

親がどんな人を評価するのか。

どんな人を見下すのか。

成績が良かったときにどう接するのか。

逆に、悪かったときにどんな態度を取るのか。

子どもはそういうところまで見ている。

まさに、

「子どもは親の背中を見て育つ」

ということなのだろう。

我が家も他人事ではない

ここまで極端ではなくても、中学受験をしている家庭にとって完全な他人事とは思えない。

我が家だって毎日のように偏差値の話をしている。

SAPIXの結果を見る。

学校別模試の結果を見る。

過去問の点数を見る。

「この学校ならこのくらい必要だ」

「この偏差値ではまだ厳しい」

そんな話を夫婦でする。

受験戦略としては必要な話である。

しかし、それを子どもがどう聞いているのかは別問題だ。

親としては、

「この学校に合格するためには、もう少し点数が必要だ」

という話をしているつもりでも、子どもが、

「偏差値が高い人間ほど偉い」

「偏差値の低い学校はダメな学校だ」

と受け取ってしまったら、それはまったく違う。

成績を評価することと、その人自身の価値を評価することは違う。

当たり前のことである。

しかし、毎日数字ばかり追いかけている受験期だからこそ、親の側が意識しておかなければいけないと思った。

子どもの問題だけではない

島津くんと上杉くんのトラブルも印象的だった。

島津くんは自分より成績の低い子に厳しい言葉をぶつけ、それが子ども同士のトラブルにつながっていく。

もちろん、誰かを傷つけるような言動はよくない。

ただ、第4巻を最後まで読むと、

「島津くんは性格が悪い」

だけでは終わらない。

なぜ島津くんがそういう言葉を使うようになったのか。

その背景に家庭があることが分かってくる。

これも親として考えさせられた。

子どもに、

「友達には優しくしなさい」

「人をバカにしてはいけない」

と言うのは簡単である。

しかし、その親自身が家庭の中で誰かを見下すような発言をしていたらどうだろう。

子どもに言っていることと、親が実際に見せている姿が違ってしまう。

やはり子どもに何を言うか以上に、親自身がどう振る舞うかが大事なのかもしれない。

母親がついに動く

島津家の話はかなり重い。

父親から強烈なプレッシャーを受け続け、島津くん自身も追い詰められていく。

そして一時は家を飛び出してしまう。

ただ、第4巻はそこで終わらなかった。

印象的だったのは、最後に母親が父親に対してきちんと自分の意見を言うところである。

それまで父親の強い言葉に押されていた母親が、息子のために動く。

ここから家庭の空気が変わっていく。

島津くんも無事に帰ってくる。

そして母親との関係も少しずつ良くなっていく。

個人的には、ここでかなりホッとした。

島津くん自身も変わった

さらに良かったのが、その後の島津くんである。

家庭で抱えていたモヤモヤが少し取れたからなのか、上杉くんに対する態度にも変化が出てくる。

以前よりも優しく接するようになる。

ここが非常に印象的だった。

子どもが誰かに攻撃的になると、

「性格が悪い」

「いじめっ子だ」

と考えてしまいがちである。

もちろん、やったこと自体はきちんと注意しなければいけない。

しかし、その行動の後ろに何があるのかを見ることも必要なのだろう。

島津くんの場合、自分自身が家庭で強いプレッシャーを受け続けていた。

常に評価され、否定され、もっと上を求められる。

そんな状態では、ほかの人に優しくする余裕もなかったのかもしれない。

家庭の中で少し安心できるようになったことで、ほかの子にも優しくできるようになった。

そう考えると、第4巻は単なる「問題のある家庭」の話ではない。

親が変われば、子どもも変わる可能性がある。

そんな救いのある話でもあった。

後半は高校受験の話へ

そして第4巻の後半でもう一つ面白かったのが、高校受験の話である。

中学受験をしていると、どうしても2月の入試ばかり考えてしまう。

しかし、中学受験をしなければ受験そのものがなくなるわけではない。

公立中学校へ進学すれば、その先には高校受験がある。

そして高校受験には、中学受験とは違う「内申点」という大きな要素がある。

これは妻もママ友からよく聞いているらしい。

「勉強はできるけれど内申が取れない」

「内申が足りなくて志望校選びが難しくなった」

そんな話である。

自分は高校受験の制度についてそこまで詳しくなかったので、第4巻のこの部分はかなり勉強になった。

内申点という別の難しさ

作中では、内申点についてかなり具体的な話が出てくる。

定期テストで点を取ることはもちろん重要。

しかし、それだけではない。

提出物を期限までに出す。

授業にきちんと参加する。

普段の学校生活をしっかり送る。

そうした積み重ねも重要になってくる。

もちろん、漫画の中で紹介されている「定期テストで何点なら評定5」といった数字が、現在のすべての中学校にそのまま当てはまるわけではない。

ただ、東京都の現在の都立高校入試を見ても、一般的な5教科型では学力検査だけでなく調査書点も使われる。

つまり、

「入試当日に点さえ取ればいい」

という仕組みではないのである。

ここは中学受験とはかなり違う。

先生からの評価もある

そして作中では、もう少し踏み込んだ話も出てくる。

高校受験では、普段の学校生活も評価される以上、先生からどう評価されるかも無視できないという話である。

これはなかなか考えさせられた。

もちろん、

「先生に好かれた生徒が高校受験で有利になる」

と単純化するのは違うと思う。

内申点には制度としての評価基準がある。

それでも、テストの点数だけで決まる世界ではない。

授業への取り組みや提出物なども含め、日々の学校生活が評価につながっていく。

これが得意な子もいれば、苦手な子もいるだろう。

勉強はものすごくできる。

でも提出物を忘れてしまう。

授業中に積極的に発言するタイプでもない。

そんな子にとっては、高校受験には高校受験なりの難しさがあるのだと思う。

妻がママ友から聞いていた「内申が取れない」という話が、第4巻を読んで少し具体的に理解できた気がした。

中学受験は明快である

そこで出てくるのが、中学受験との比較である。

中学受験は非常にシンプルだ。

本番の入試で合格点を取ればいい。

もちろん学校によって面接などがあるため、すべての学校が完全な学力試験一本というわけではない。

それでも、我が家が今向き合っている学校の多くは、基本的に本番の試験の点数で合否が決まる。

これ、考えてみるとものすごく明快である。

SAPIXの偏差値が足りなくてもいい。

学校別模試で悪い判定を取っていてもいい。

過去問で一度も合格最低点に届いていなくても、最後の本番で点を取れば受かる。

逆も同じである。

模試でずっと良い判定だったとしても、本番で点を取れなければ合格できない。

厳しい。

でも分かりやすい。

「中学受験が大好きです」

作中でも、この中学受験の明快さについて語られる場面がある。

そして「中学受験が大好きです」という趣旨の言葉が出てくる。

これを読んで、

「分かるなあ」

と思ってしまった。

我が家はいま、まさに中学受験のど真ん中にいる。

毎週のようにテストを受ける。

偏差値を見る。

学校別模試の結果を見る。

過去問を解く。

合格最低点と比べる。

正直、かなりしんどい。

親も大変だが、もちろん一番大変なのは本人である。

それでも最後のゴールは明確だ。

2月の本番で問題を解き、合格に必要な点数を取る。

それだけである。

この潔さは、個人的には嫌いではない。

むしろ自分の性格には合っている気がする。

とはいえ、実際に小6受験生の親をやっている今、

「私も中学受験が大好きです!」

と笑顔で言えるほどの余裕はないのだけれど。

どちらにも大変さがある

もちろん、これは中学受験と高校受験のどちらが優れているかという話ではない。

高校受験には、中学校で3年間努力してきたことを評価するという考え方がある。

一方、中学受験は試験当日の結果が大きい分、一発勝負の厳しさがある。

どちらにも良いところと大変なところがある。

ただ、今回第4巻を読んで改めて感じたのは、

「中学受験をしなければ楽」というほど単純ではない

ということだった。

小学生で受験するのか。

中学生になって高校受験をするのか。

タイミングと仕組みが違うだけで、それぞれ別の壁が待っている。

これは今まであまり考えていなかった。

親として考えさせられた4巻

第4巻を読み終えて、一番残ったのは偏差値でも内申点でもなかった。

やはり「親」である。

島津くんの父親を見て、

「さすがにこれはひどい」

と思うのは簡単である。

でも、そこで終わってしまったら、この話を読んだ意味がない気がする。

自分は子どもの前で何を言っているだろう。

テストの点が悪かったとき、どんな顔をしているだろう。

ほかの学校やほかの子について、どんな話をしているだろう。

親の何気ない言葉や態度が、知らないうちに子どもの価値観になっているかもしれない。

これは気をつけたい。

中学受験をしていると、どうしても数字に追われる。

偏差値。

順位。

合格可能性。

過去問の点数。

合格最低点。

でも、その数字を追いかけるあまり、

子ども自身の価値まで数字で測るようになってはいけない。

そして親自身も、人を偏差値や学歴だけで判断する姿を子どもに見せないようにしたい。

「親の背中を見て育つ」という言葉は昔からある。

第4巻を読んで、それは受験期にも当てはまるのだと改めて思った。

受験まであと数か月。

点数を上げることはもちろん大切である。

でも、それと同じくらい、

受験が終わったあと、子どもにどんな価値観が残っているのか。

そこも忘れないようにしたい。

『二月の勝者』第4巻。

今回もまた、子どもの受験の漫画を読んでいるはずなのに、最後は親である自分のことを考えさせられてしまった。

これだから『二月の勝者』は面白い。

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この記事を書いた人

40代、2児の父。現在は息子の中学受験に伴走中。しばらくは中学受験を中心に、日々の試行錯誤や実体験を発信していきます。

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