2027年2月1日まで、あと124日。
最近、少し気になっていることがある。
中学受験をする家庭で、父親はいったいどこまで子どもの勉強をサポートしているのだろうか。
SNSなどを見ていると、SAPIXの大量のプリントや冊子をきれいに整理しているお父さんがいる。宿題の進捗を管理し、算数を横で教え、過去問の分析までしているお父さんもいる。
仕事をしながら、そこまでやっているのか。
すごいなと思う。
では、自分はどうなのか。
今日は他の家庭について調べるのではなく、あえて自分自身のことだけを書いてみたい。
勉強を教えるのが難しい
最近、かなり強く感じている。
もう僕が中学受験の勉強を教えるのは、かなり難しい。
特に国語、理科、社会については、正直ほぼノータッチである。
テストの結果が返ってきて、
「今回は良かったな」
「今回はちょっと厳しかったな」
と、一喜一憂するくらいである。
理科や社会の暗記について聞かれても、
「書いて覚えよう」
「声に出して何度も繰り返そう」
くらいのことしか言えない。
もちろん、それ自体は間違ってはいないと思う。
しかし、小学6年生のこの時期に父親から言われるアドバイスとしては、あまりにも浅い。
そこには少し、もどかしさがある。
算数なら教えられると思った
それでも算数については、一時期かなり頑張った。
YouTubeの「計タクチャンネル」の動画を200本以上見て、自分でも中学受験算数を勉強した。
せめて算数くらいは自分が教えられるようになりたい。
そんな気持ちがあったからである。
実際、基本的な問題であれば、一緒に考えることもできた。
しかし、6年生の後半になり、志望校の過去問に入ってくると話が変わってくる。
難しい。
かなり難しい。
動画をたくさん見たからといって、すぐに太刀打ちできる世界ではない。
問題を解くだけならまだしも、
「なぜこの考え方になるのか」
「この子はどこでつまずいているのか」
「どう説明すれば次から自力で解けるようになるのか」
となると、完全に別の能力である。
やはり、教えるプロにはかなわない。
教えるのはプロに任せる
そう考えると、最近は少し割り切れるようになってきた。
勉強を教えるのは、塾の先生に任せよう。
SAPIXには質問教室もある。
必要であれば個人塾にもお願いする。
分からない問題を、分からない父親と家で長時間悩むより、その道のプロに聞いた方がよほど効率がいい。
特に受験まであと124日となった今、父親の自己満足のために僕が無理して先生役をやる必要はないと思う。
分からないなら、分かる人に教えてもらえばいい。
そのための環境を用意するのが、自分の役割なのかもしれない。
結局「課金」なのか
では、僕はいったい何をサポートしているのだろう。
改めて考えると、今のところ一番確実にできているのは、
お金を出すこと
なのかもしれない。
SAPIXに通わせる。
必要なら個人塾にもお願いする。
必要な教材があれば買う。
本人に必要な環境があるなら、できる範囲で用意する。
ものすごく身も蓋もない言い方をすれば、「課金」である。
「父親として中学受験を支えています」と言いながら、実際にやっていることを突き詰めると、財布を開いているだけではないか。
そんな気がして、少し不甲斐なく感じることもある。
もっと勉強を教えてあげられたら。
もっと具体的なアドバイスができたら。
そう思うことは今でもある。
家では褒める役でもいい
ただ、最近もう一つ、自分にできることがあるのではないかと思っている。
それが声掛けである。
先日、息子が国語で偏差値70を取った。
僕からすると、
「おお、すごいじゃん!」
である。
一方、日々の勉強を見ているママは違う。
「国語はいいから、他の教科も上げないと」
となる。
これはどちらが正しい、間違っているという話ではない。
毎日の勉強を管理している側からすれば、次の課題が見えてしまうのは当然である。
むしろ、その役割は必要だと思う。
だからこそ、僕まで同じことを言わなくてもいいのかもしれない。
一人が課題を見るのであれば、もう一人はできたことを見る。
「ここはできているじゃん」
「これはすごいよ」
と、一度ちゃんと認める。
そんなバランスが家庭の中にあってもいいと思う。
父親まで先生にならなくていい
中学受験が近づいてくると、どうしても家の中全体が受験モードになる。
あれをやったのか。
これは終わったのか。
過去問はどうだった。
次のテストは大丈夫なのか。
子どもは学校でも勉強し、塾でも勉強し、家に帰っても勉強する。
だから家にいる父親まで「先生」になってしまったら、息子はどこで息を抜けばいいのだろう。
そう考えると、僕は無理に先生にならなくてもいいのかもしれない。
勉強そのものはプロに任せる。
必要なお金は出す。
うまくいったときは褒める。
結果が悪かったときも、家まで必要以上に重苦しくしない。
本人がもう一度頑張ろうと思えるような言葉をかける。
今の自分にできるのは、そんなことなのだと思う。
あと124日、父親として
もちろん、これが正しい中学受験の父親像なのかは分からない。
もっと教材を整理した方がいいのかもしれない。
もっと過去問を研究した方がいいのかもしれない。
もっと勉強を教えられる父親だったらよかったな、と今でも思う。
正直、少し不甲斐ない。
そして、もどかしい。
でも、できないものを無理にやるより、できる人に任せる。
その代わり、自分にしかできない役割を探す。
それでいいのではないかと、最近は思うようになった。
息子が受験会場に持っていける学力をつけるのは、SAPIXや個人塾の先生たちにお願いする。
僕は、その日まで走り続けられる環境をつくる。
必要ならお金を出す。
うまくいった日は褒める。
そして、家に帰ってきたときくらいは少し肩の力を抜ける父親でいる。
2027年2月1日まで、あと124日。
勉強を教えることだけが、受験生の父親の仕事ではない。
少なくとも今の僕は、そう思っている。

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