中学受験まで、あと4か月を切った。
最近の我が家では、早大学院の過去問がどうだとか、2月2日は巣鴨にするのかとか、算数の出来がどうだとか、そんな話ばかりしている。
なのに、ふと思い出した。
そういえば、中学受験を始めた頃、我が家の第一志望って明大明治だったよな。
なんだか、ずいぶん昔のことのように感じる。
当時は明大明治に憧れていた息子が、今は早大学院を目指している。まあ、小学生なのだから気持ちなんて変わるものである。そんなに不思議な話ではないのかもしれない。
ただ、ここまでの経緯を考えていると、もう一つ、少し引っかかることがある。
「息子が行きたい学校を受けさせたい」と言いながら、そもそも見せる学校を選んでいるのは親ではないか。
今日は、そんなことも含めて書いてみたい。きれいな結論は、正直まだない。
最初の第一志望は明大明治だった
息子がSAPIXに通い始めたのは小学4年生の頃である。
その頃の第一志望は、明治大学付属明治中学校、いわゆる明大明治だった。
なぜ明大明治だったのか。息子に当時の理由を改めて聞いたわけではないので、はっきりとは分からない。
ただ、おそらく親の影響もあったと思う。
親自身、大学はMARCHあたりの世界が身近だった。だから明治大学の付属校と聞くと、なんとなく親しみがある。大学までの進路をある程度見通せることも、当時は魅力的に思えた。
もちろん、息子なりの理由もあったはずだ。彼は吹奏楽が好きで、明大明治の吹奏楽が盛んだという話にも興味を持っていた。
今思うと、親の安心感と子どもの興味が、ちょうど重なった学校だったのかもしれない。
初めての文化祭は、まるでお祭りだった
たしか、我が家が初めて行った中学校の文化祭も明大明治だったと思う。
あのときの息子は、実に楽しそうだった。
教室ごとにいろいろな出し物があって、お化け屋敷があったり、射的があったり。食べ物も買える。中高生が自分たちで工夫して企画を運営している。
小学生から見れば、まさに大きなお祭りである。
たくさんの生徒がいて、学校全体がにぎやかで、華やかで。普段通っている小学校とは、きっとまったく違う世界に見えただろう。
息子は次から次へと出し物を楽しんでいた。
そりゃ、こんな学校に通えたら楽しそうだと思うよな。
親の私も、そう感じた。
今でこそ、文化祭へ行くと校風だとか、生徒との相性だとか、つい難しいことを考えてしまう。でも最初の頃は、単純に「中学校って楽しそうだな」でよかった。
思えば、あの文化祭が息子にとっての中学受験の原体験だったのかもしれない。
そして、その頃の第一志望が明大明治だったことを、私は今でもよかったと思っている。
SAPIXに入ると、知らなかった学校が次々と出てくる
ところが、受験勉強が進むにつれて、第一志望は少しずつ変わっていった。
SAPIXに通い、いろいろな学校の名前を知る。学校説明会へ行く。文化祭へ行く。オープンキャンパスにも行く。
そうして、明大明治以外にも魅力的な学校がたくさんあることを息子なりに知ったのだろう。
最初に好きになった学校が、そのまま最後まで第一志望とは限らない。まあ、みんなそんなものなのかもしれない。
ただ、少し気になるのは塾の環境である。
今、息子の周りにいる同じような学力帯の子たちは、明大明治とは別の学校を目指していることが多いように見える。
「周りがそうだから、自分ももっと上の学校を目指したい」
息子にも、そういう気持ちは多少あるのではないかと思う。もちろん、本人にそう言われたわけではない。ただ、同じ塾に通う仲間がどんな学校を目指しているかは、小学生にとって案外大きいのではないだろうか。
それを「流されている」と言うのも違う気がする。周囲から刺激を受けて目標が高くなることもある。大人だって、職場や身近な人に影響を受けるのだから。
そして今、息子は早大学院を第一志望としている。
明大明治が悪くなったわけではない。ただ息子の世界が広がり、その中で新しい「行きたい学校」が見つかった、ということなのだと思う。
「行きたい学校を選びなさい」と言いながら
私はできるだけ、息子が行きたいと言った学校を受けさせてあげたいと思っている。
学校の名前や偏差値だけで決めたくはない。実際に見学して、本人が「ここがいい」と思えることが大事だ。
だから、明大中野に行ってみて息子が「自分には合わない」と言ったときも、その感覚を尊重しようと思った。
反対に、最近気になっている巣鴨については、息子も学校行事の多さを気に入っている。私自身も伝統や国際教育に魅力を感じている。
こう書くと、子どもの意思を大切にする、なかなか物分かりのいい親のように聞こえる。
でも、ここでちょっと待てよ、と思う。
そもそも我が家は、親が「あまり行ってほしくないな」と思う学校には、積極的に連れていっていないのである。
学校見学の候補を探すのも親。日程を調べて申し込むのも親。どの学校のパンフレットを見せるかも、だいたい親。
その中から息子が「ここがいい」と選んでいる。
本人の意思を尊重しているつもりではある。でも、親が用意したメニューの中から選んでもらっている、と言われれば、そのとおりなのである。
なんとも都合のいい話だ。
安全校でも合格したら進学すべきなのか
もう一つ、ずっとモヤモヤしていることがある。
併願校、特に安全校についてである。
中学受験の情報を見ていると、「どこでもいいからまず合格を確保する」「安全校でも受かった学校には進学する」という考え方によく出会う。
その考えは分かる。子どもに合格体験をさせたいし、受験が全部不合格に終わることは、親としてできれば避けたい。
でも我が家の場合、正直、どこまででも私立中学を受けさせるつもりはない。
言葉を選ばずに言えば、「せっかくSAPIXでこれだけ頑張ったのだから、できれば一定以上の学校には進んでほしい」という気持ちが、親の中にある。
例えば偏差値40という数字を、一つの心理的な境目のように考えてしまうこともある。
もちろん、これは学校の価値を偏差値40で線引きできるという意味ではない。調べていないだけで、息子に合う良い学校はいくらでもあるかもしれない。学校を知っているつもりで、実は知らないことも多い。
そもそも、他の家庭には他の家庭の選び方がある。どんな学校に進むかを外から評価するつもりもない。
それでも、これだけ長い時間とお金をかけて受験勉強をしてきたのだから、という感情が出てきてしまう。
こういう感情を持つこと自体、なんだか偏差値に振り回されているようで嫌なのだが、実際にあるのだから仕方ない。
きれいごとだけでは、中学受験の親はやっていけないのである。
だったら公立中学でもいいのではないか
我が家の場合、近くの公立中学校の評判がいい、というのも大きい。
もし本人も親も「ここに通いたい」と思える私立中学にご縁がなければ、地元の公立中学に進んで、高校受験でまた頑張るという道も、十分ありだと思っている。
息子の性格を見ていると、内申点もそれなりに取れるのではないか、という親の期待もある。もちろん、実際に中学生活が始まってみないと分からないし、高校受験だって簡単ではない。
ただ、私立中学に入ること自体がゴールではないはずだ。
わざわざ親子とも納得できない学校へ進むくらいなら、公立という選択肢もある。
もちろん、これは今の我が家の考えにすぎない。「安全校でも入学を決めてよかった」という家庭もあるだろうし、その気持ちも理解できる。
結局、何をもって「安全校」とするかも、家庭によって違うのだと思う。
偏差値が安全なのか。通学に無理がないのか。子どもが6年間過ごしたいと思えるのか。
入試の合格可能性だけでは、進学先は決められない。
結局、中学受験は親の手のひらの上なのか
こうして書いてみると、結局のところ、中学受験はある程度、親の手のひらの上で進むものなのかもしれない。
本人の意思を尊重する。行きたい学校を受けさせる。それは本気でそう思っている。
でも、親が選択肢を絞り、費用を出し、塾や受験校の手配をする。子どもだけですべてを選べるわけではない。
そのことを認めずに「全部子どもが決めました」と言うのも、少し違う気がする。
逆に、だからといって親が何でも決めていいわけでもない。
親の価値観の中から始まった受験が、いつの間にか息子自身の受験になっていく。その途中で、親の思惑と子どもの希望が重なったり、少しずれたりする。
きっと、我が家の中学受験は今、その真ん中にいる。
明大明治を第一志望にしていた頃のことを思い出すと、本当に懐かしい。
最初の文化祭でお化け屋敷や射的を楽しんでいた小学生が、今では早大学院の過去問に苦しみながら、2月1日の本番を目指している。
その変化が成長なのか、周囲に影響された結果なのか。たぶん両方なのだろう。
そして親である私も、ずいぶん変わった。
今でも正解は分からない。
でも一つだけ言えるのは、あの頃あんなに楽しそうに文化祭を歩いていた息子に、最後は本人が納得できる学校へ進んでほしい、ということである。
それが親の用意した選択肢の中だったとしても。
さて、そんなことを考えている間にも、受験本番は近づいてくる。
明日もまた、過去問である。

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