SAPIXと聞くと、とにかく勉強漬けで、子どもは大変なのではないか。正直、僕にもそんなイメージがあった。
実際、息子が宿題や過去問に取り組む姿を見ていると、楽な受験生活とはとても思えない。ところが、塾に行くこと自体は嫌がらない。大変そうなのに、なぜ通い続けられるのだろう。
その教室の中を少しのぞいてみたくなり、杉山由美子さんの『中学受験 サピックスの授業』を読んだ。2009年の本なので、現在の制度や教材を知るための最新情報ではない。それでも、子どもたちがどのように授業に参加し、何を面白がっているのかが伝わってくる一冊だった。
読んでいる途中、息子にも聞いてみた。返ってきたのは、先生の教え方がうまく、授業は楽しい、という答えだった。
親から見える家庭学習の大変さと、子どもが教室で感じている楽しさ。その両方が、SAPIXにはあるのだろう。
今回は、本の中で印象に残った授業や卒業生・保護者の話を、息子の受験に伴走する父親の実感と重ねながら紹介したい。
古い本から見える教室
本書は2009年に出版された本である。授業時間や教材、受験を取り巻く状況など、今とは違う部分もある。そのため、ここで紹介する内容は、基本的に当時の取材に基づくものとして読んでいただきたい。
それでも僕が面白いと思ったのは、普段はなかなか知ることのできない、授業中のやり取りが描かれていることだ。
国語、算数、理科、社会に加え、低学年の授業の様子も登場する。先生がどう問いかけ、子どもたちがどう反応するのか。答えを教えるまでに、どのように考えさせるのか。家に持ち帰ったテキストを眺めるだけでは見えてこない教室の様子が、本の中にはある。
息子をSAPIXに通わせていても、毎回の授業を詳しく聞けるわけではない。親としては宿題の進み具合やテストの点数に目が向きがちだが、その手前にある「どう教わっているのか」は、案外知らないものだ。
後半には卒業生や保護者の体験談も収められている。授業の楽しさだけでなく、復習の習慣や膨大な教材への対応など、通っていたからこそ語れる話も興味深い。
出版から時間がたっていても、子どもが学びに夢中になる瞬間や、それを支える先生と親の関わり方には、今読んでも考えさせられるものがあった。
息子も「授業は楽しい」
本を読んでいて気になり、息子に塾の授業について聞いてみた。
先生の教え方はうまい。授業は楽しい。そもそも学校の授業とは全然違う、とのことだった。
学校と塾では目的も授業の進め方も違うので、単純な優劣の話ではない。ただ、息子なりに教え方の違いを感じていて、塾の授業を楽しんでいることはわかった。
考えてみれば、息子は宿題や過去問には大変そうに取り組んでいるが、塾に行くこと自体は嫌がっていない。続けられている理由の一つは、そこにあるのだろう。
本の冒頭でも、著者が授業で目にしたのは、勉強を面白がる子どもたちだったという。知らなかったことを知り、わからなかった問題が解ける。その喜びが、教室の中にあった。
「勉強が大変」と「授業が楽しい」は、息子の中で両立しているのだ。
親はどうしても、家で苦戦している姿を見る時間が長い。だから、受験勉強全体が苦しいもののように見えてしまう。しかし、僕が見ていない教室では、また違った気持ちで問題に向かっているのかもしれない。
その楽しさに乗って、スポンジのように知識を吸収してくれたらありがたい。ついそんな期待もしてしまうが、まずは本人の口から「楽しい」と聞けたことを、素直にうれしく思った。
子どもが主役の授業
では、何がそんなに楽しいのか。本書の授業描写を読むと、子どもたちが自分で考え、答えを出す場面の多さが印象に残る。
先生の説明を理解するだけでも頭は使う。しかし、自分の答えを書き、発言し、友達の考えと比べるとなれば、参加する側の集中力も違ってくる。本の中の教室には、そうしたやり取りが詰まっていた。
国語は考えて言葉にする
国語の授業では、講師が本文の記述を確認させながら、子どもたちの理解を深めていく。正解はすぐに渡さず、まず考えさせ、書かせ、発言させる。その答えを教室で検討しながら、正解へと導いていくという。
しかも、その進行が速い。長い文章を読み、問いに向き合い、考えを言葉にする。著者が圧倒されたという授業の密度が伝わってくる。
一方で、発言できるからといって、何でも自由というわけではない。授業を脱線させる発言には、講師が毅然と対応する。子どもの参加を促しながら、学ぶべきところへ集中させる。そのかじ取りも、教え方のうまさなのだろう。
本文を根拠に考え、自分の言葉で答える。 長文読解や記述に必要な力を、授業中のやり取りでも鍛えているのだと感じた。
算数はまず手を動かす
算数の授業で印象に残ったのは、とにかく手を動かして問題に取り組む姿である。計算する、図を描く、試してみる。その過程で頭を使い、解ける道筋を探していく。
解説にも面白さがある。基本的な解法を説明した後に、別の見方から解く方法も示すという。
僕も算数の勉強を見ているので、この別解の話は興味深かった。同じ問題でも、どこに注目するかで解き方が変わる。思いもしなかった解法に出合えば、驚くし、次は自分でも気づきたいと思うだろう。
本書では、そうした別解を通じて、柔軟な数学的な見方を教えていると描かれている。答えが合ったところから、さらに学べることがあるのだ。
そして、ある講師の話が心に残った。子どもは「自分にもできる」と思えるからこそ、問題に取り組むのだという。
難しい問題を前にしても、手を動かしているうちに糸口が見つかり、最後には解けた。その経験が、次の問題に向かう自信になる。授業の楽しさには、自分の力で一歩進めたという手応えも含まれているのだろう。
競争相手は良き仲間
本書の後半に登場する卒業生の体験談で、印象に残った話がある。競争相手がいたから頑張れたし、仲間とは一緒に合格を目指す雰囲気だった、というものだ。
受験の競争と聞くと、どうしても厳しい順位争いを想像する。僕自身、テストの点数やクラスの上がり下がりが気になるので、そのイメージは強い。
しかし、本に描かれている教室では、友達の存在が勉強に向かう力にもなっていた。周りが問題に取り組み、発言する。その姿を見て、自分も考え、答えを出そうとする。先生の働きかけに加えて、子ども同士がお互いを刺激しているのである。
同じ目標に向かう仲間だからこそ、負けたくないし、一緒に頑張れる。 そんな関係があったのだろう。
もちろん、競争を楽しめる度合いは子どもによって違う。順位を意識しすぎて苦しくなることもあるはずだ。それでも、競い合うことそのものを、大人が苦しい経験と決めつける必要はないのかもしれない。
息子から今回聞けたのは、先生の教え方がうまく、授業が楽しいということだった。友達の存在をどう感じているのかまでは、まだ聞いていない。今度は、教室で一緒に勉強する仲間についても聞いてみたくなった。
楽しい授業の先に復習
授業でわかったことを、今度は自分の力で解いてみる。本書を読むと、SAPIXがその演習と復習を大切にしてきたことがわかる。
紹介されているのは、予習を前提とせず、その日に学ぶ教材を授業で渡す方式である。教室で初めて問題に出合い、考え、学ぶ。そして、家で再び取り組むことで定着させていく。
卒業生の一人は、後に自分も塾で教える立場になり、演習の大切さを実感したと話していた。説明を聞かせるだけでは、学力は十分に身につかない。自分で問題を解き、書く過程が必要なのだという。
その人は、帰宅後もその日の復習に取り組んでいたそうだ。そこで身についた、学んだことを自分で使って確かめる習慣は、大学受験でも役立ったという。
「説明を聞けばわかる」と「一人で解ける」の間には、もう一段ある。 過去問を解く息子を見ていても、これは意識しておきたいところだ。
また、別の卒業生は、授業中にできるだけ覚える姿勢が、その後の勉強にも生きていると振り返っていた。僕には、集中して学ぶ習慣が残ったという話にも思えた。
授業を楽しみ、集中して考える。家では自分の力で解き直す。地道な繰り返しだが、勉強の王道なのだろう。
ただ、その復習を家庭で回していくのは、簡単なことではない。持ち帰る教材の量を考えると、親の支え方も問われてくる。
全部やるより選ぶこと
本書の保護者の話で、少し肩の力が抜けたところがある。難関校に合格した子でも、膨大なテキストやプリントをすべて終えていたわけではない、という話だ。
すでに解ける問題には手をつけず、取り組むものを選んでいたという。上位クラスの子でも全部は終わらないほどの量なら、教材を残さず埋めることを目標にすると、時間はいくらあっても足りない。
大切なのは、何ページ終わらせたかより、何ができるようになったかである。
頭ではわかっていても、親としては未着手の問題があると気になる。せっかくの教材なのだから、これもやった方がいいのではないか。そう考えるうちに、子どもがやることは増えていく。
だからこそ、授業で指定された課題を軸に、理解できていないところや解き直したい問題を見極める必要があるのだろう。判断に迷うなら、先生に優先順位を相談することも含めて考えたい。
そして、もう一つの親の仕事が教材整理である。本書でも、プリントやテキスト、小テストなどのファイリングは、子どもだけでは手に余ると指摘されていた。
復習しようと思ったとき、必要な教材がすぐに見つかる。間違えた問題を、後からもう一度確認できる。その状態を整えることも、勉強を支える大切な役割なのだ。
授業がどれほど充実していても、家庭で復習する時間と環境は必要になる。SAPIXに通わせる親の大変さは、こうした教室の外側にもあるのだと、改めて感じた。
親まで熱くなりすぎない
本書には、両親が二人とも熱くなりすぎるのはよくない、という話が出てくる。一方が熱心になっているとき、もう一方は冷静に見守る。そのバランスが大切だという。
ここで印象に残ったのは、無関心でいることと、冷静でいることは違うという点である。
受験に関心があるからこそ、点数が気になる。間違えた問題を見れば、できるようになってほしいと思う。その気持ちは僕にもよくわかる。しかし、両親が同じ勢いで課題を指摘すれば、子どもは家でも気が休まらないだろう。
子どもを応援する熱意は持ちつつ、本人の様子を見られる冷静さも残しておきたい。
本書で著者が感心していたのは、講師が子どもを対等に扱い、プライドを傷つけないよう配慮していたことだった。授業では競争心を刺激しながらも、本人がまた挑戦したくなる関わり方をしている。
家庭でも、これは大切なのだと思う。間違いを直す必要はあるが、そのたびに責められれば、自分から問題に向かう気持ちはしぼんでしまう。
息子は、授業が楽しいと言っている。その気持ちを、家での声かけによって削ってしまうのはもったいない。
点数やクラスに一喜一憂する日もあるだろう。それでも、解けるようになった問題や、自分から取り組んだ姿にも目を向けたい。これは息子への注文というより、伴走する僕自身への宿題である。
仕事にも通じる学ぶ姿勢
算数の授業の話を読んでいて、思わず「仕事も同じだな」と感じた。
解けると確信できなくても、まず計算してみる。図を描いてみる。手を動かすうちに、問題の構造や次に試すことが見えてくる。そうして解けた経験が、次の挑戦を後押しするという話だ。
仕事でも、最初から正解や手順がわかっていることばかりではない。考えを紙に書く、簡単に試す、人に説明してみる。頭の中だけでは整理できなかったことが、形にすると少しずつ見えてくる。
見通しが立つまで待つのではなく、動きながら見通しをつくっていく。 本書の算数の話には、そんな姿勢との共通点を感じた。
別解を知る面白さも、仕事に通じる。自分が苦労してたどり着いた答えに、別の人が思いがけない方法で到達する。その考え方に触れると、自分の見方も広がる。仲間と学ぶ価値は、こういうところにもあるのだろう。
小学生の塾の授業を知るつもりで読んでいたのに、いつの間にか自分の働き方を振り返っていた。ちょっとしたビジネスの研修を受けたような気分である。
まずやってみる。うまくいかなければ考え直す。人のやり方からも学ぶ。息子に身につけてほしいと思うことは、大人の僕も続けていかなければならないことだった。
Amazonレビューは賛否
読後にAmazonのレビューを見てみると、評価が分かれていて、こちらも興味深かった。
今回目を通したのは、2009〜2010年に投稿された6件である。本への評価は星1から星5まであり、同じ本でも何を期待して読むかで受け取り方が違うようだ。
批判的なレビューでは、SAPIXへの評価が好意的すぎることや、他塾との比較、問題点の掘り下げが足りないことが指摘されている。一方、肯定的なレビューでは、授業を具体的にイメージできることや、子どもの学ぶ意欲を引き出す関わり方が評価されていた。
| 読者が注目した点 | レビューで見られた意見 |
|---|---|
| 塾選びの判断材料 | 他塾との比較や弱点の検証が物足りない |
| 教室の様子 | 授業の進め方や臨場感を知ることができる |
| 子どもへの接し方 | 学習意欲や子どもへの敬意について考える材料になる |
僕は今回、息子が通っている塾で、どのような授業が行われているのかを知りたくて読んだ。その意味では、十分に面白かった。家庭で見る教材だけではわからない、先生と子どもたちのやり取りに触れられたからだ。
ただ、これから塾を選ぶ立場で、他塾との違いや向き不向きまで知りたいなら、物足りないという感想も理解できる。
また、卒業生が振り返る成功体験には価値があるが、それがすべての子どもに当てはまるとは限らない。楽しく通えた子の話と同じように、授業や学習量が合わなかった子の経験も、塾選びには必要だろう。
授業を知るための一冊として読み、塾選びの結論はこの本だけで出さない。 僕には、そのくらいの距離感がしっくりくる。
先ほど書いた「仕事にも通じる」という話も、僕自身が読んで感じたことである。受験勉強をすれば誰もが仕事で役立つ力を得られる、とまでは言えない。
好意的に読んだ後で、違う感想にも触れる。すると、自分がこの本のどこに価値を感じたのかも、少しはっきりした。
合否の先に残る力
本書で最後まで心に残ったのは、ある講師の思いだった。
どれだけ優秀でも、まだ12歳。一度の試験では力を出し切れず、志望校に届かないこともある。それでも、受験勉強は無駄ではなかったと思えるような教え方をしたい。そのために、学ぶ力や考える力を育てたいという話である。
親としては、もちろん合格してほしい。息子が頑張っている姿を見ているからこそ、第一志望に届いてほしいと願っている。
ただ、受験までの時間に得たものは、合否だけでは測りきれないはずだ。難しい問題に向き合ったこと。自分の考えを書いたこと。間違いを見直し、もう一度解いたこと。そうした経験が、その後の学びを支えてくれたらと思う。
合格を目指す毎日の中で、学ぶことへの意欲も育っていてほしい。
2009年の本を読んで、今の息子に授業の感想を聞いてみた。返ってきたのは「楽しい」という言葉だった。今回の読書で、僕にとっていちばん身近な発見はそれかもしれない。
家では、まだ終わっていない課題や、できなかった問題が目につく。それでも息子は、教室で何かを面白がりながら学んでいる。そのことを、これからはもう少し意識して見守りたい。
受験が終わったとき、結果とともに「勉強してよかった」と思えるものが息子の中に残っていたら、うれしい。

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