中学受験まで、あと146日。
最近は過去問や模試の結果ばかり見ていて、どうしても「今回何点だった」「偏差値はいくつだった」という目の前の数字に一喜一憂してしまう。
でも、ふと気になった。
小4でSAPIXに入ってから、息子の成績は実際どう動いてきたんだろう。
そこで今回は、小4から小6夏までのSAPIXのテスト結果を一度まとめてみた。
もちろん個人が特定されるような情報は出さない。テスト名や順位、志望校名などは伏せて、偏差値もおおむね2か月ごとの平均にしている。
こうして並べてみると、思っていた以上に面白かった。
順調に右肩上がりだったわけではない。
小5でかなり落ちた時期もあるし、科目によって動きもまったく違う。
国語はなぜか強い。
算数は一度落ち込んだけれど、個別指導を始めて少しずつ持ち直した。
一方で理科と社会は、今かなり心配している。
数字だけを眺めれば単なる偏差値の折れ線グラフなのだが、その裏には、この2年半の勉強の仕方や親子のやり取り、そして妻の漢字指導まで、いろいろなものが詰まっている。
今回はそんな息子のSAPIXでの成績推移を、少し振り返ってみようと思う。
4科は小5で一度沈んだ
まずは4科全体の偏差値から。

グラフにしてみると、思っていたより分かりやすい。
小4の頃は、だいたい偏差値50台半ば。
良い時期には57前後まで上がっている。
改めて見ると、
「小4の頃って、意外と順調だったんだな」
と思う。
もちろん当時はそんなふうには思っていない。
55なら58を取ってほしいと思うし、58なら60を期待する。
親というのは勝手なものである。
ところが小5になると、少しずつ下がっていく。
特に小5の夏から秋にかけては明確に一つの谷になっていて、4科偏差値も50前後まで落ちた。
当時も「最近ちょっと下がっているな」とは感じていたが、2年半を一本の線にするとかなりはっきりしている。
そして小6。
多少の上下はあるものの、また少しずつ戻ってきて、直近では小4の良かった頃と同じくらいの水準まで来た。
つまり、
小4で比較的順調 → 小5で下降 → 小6で再び上昇。
見事なくらい右肩上がりではない。
でも、中学受験の成績なんて案外こんなものなのかもしれない。
上がったと思ったら下がる。
もうダメかと思ったら、また上がる。
そしておそらく、ここから本番までにも何度か上下するのだろう。
国語は、どういうわけか得意である
次に国語。
科目別に見て、一番面白いのがこれである。

小4、小5にもそれなりに波はある。
ただ、小6に入ってからは明らかに上向いていて、最近では偏差値60前後、あるいはそれを超えてくることもある。
4科の中では、今のところ一番安定した得点源になっている。
これが父親である私には、なんとも不思議なのである。
なぜなら、私は昔から国語がまったく得意ではなかった。
ここで少し余談になる。
小学生の頃、50問の漢字テストというものがあった。
私はこれが驚くほど分からなかった。
答案用紙には当然のように空欄が大量に残る。
それでも時間は余る。
小学生という生き物は、時間が余ったからといって必ずしも答案を見直すとは限らない。
私は空欄に落書きをした。
ところが先生という人はやはり教育者である。
落書き一つにつき減点された。
結果、私は漢字テストという世界では普通あまり見かけない、マイナス点というものを叩き出した。
その学期の国語が「△」だったことは言うまでもない。
そして中学生になっても、私と国語との関係が劇的に改善することはなかった。
あるとき読書感想文の宿題が出た。
ところが、私はこれがまったく書けない。
あまりにも書けないので、見かねた姉が下書きを書いてくれた。
本来なら、それを参考にして自分なりに書き直せばよかったのだろう。
ところが当時の私は、そこまで真面目ではなかった。
姉が書いてくれた下書きを、そのまま提出してしまった。
しかも運の悪いことに、その国語の先生は、なんと姉の担任でもあった。
当然、文章を見れば分かったのだろう。
国語の5段階評価で、私は堂々の「1」を頂戴した。
姉は恥をかいたと怒り、母は涙した。
不思議なことに、そのときは先生を恨む気にはならなかった。
「まあ、これは1だろうな」
と子どもながらに納得した記憶がある。
教育的観点から見れば、なかなか素晴らしい先生についていたのだと思う。
いずれにしても、私のいわゆる「国語力」というものはその程度である。
だから、息子が国語で偏差値60を超えてくると、少し妙な気分になる。
親のDNAというのは、案外それほど単純なものではないのかもしれない。
もちろん性格も違う。
読んできた本も違う。
塾で教わっていることも違う。
そもそも息子は私とは別の人間なのだから、考えてみれば当たり前なのだが、親というのは子どもの中にどうしても自分を探してしまう。
ちなみに、私が息子に勉強を教えられるのは、せいぜい算数くらいである。
しかも「かろうじて」である。
国語、理科、社会はほとんど教えたことがないし、宿題の管理もしたことがない。
この三科目は、もっぱら妻の仕事である。
特に漢字について、妻はかなり厳しい。
間違えていれば当然やり直し。
覚えていなければもう一度。
同じ漢字を間違えれば、また指摘される。
さらに、正しい字を書けば終わりというわけでもない。
「とめ」「はね」「はらい」まで容赦がない。
息子はそのたびに怒られている。
私は横で見ていて、
「そこまで見るのか……」
と思うこともある。
正直、私なら読めればだいたいOKにしてしまいそうである。
なにしろ漢字テストでマイナス点を取った人間なので、人様の「はね」がどうこう言える立場ではない。
だからこのあたりは完全に妻に任せている。
ただ、息子が国語で安定して点を取っているのを見ると、こういう細かい積み重ねも案外ばかにできないのだろう。
少なくとも漢字については、私のDNAより妻の「とめ・はね・はらい」のほうが、はるかに強く効いているようである。
国語については、ここから無理に伸ばすというより、今の状態を維持してもらえれば十分だと思っている。
そして少なくとも、読書感想文の書き方だけは私から学ばないほうがいい。
そこだけは自信を持って言える。
算数は個別指導が効いた
次は算数。

これは一時期、かなり落ち込んだ。
グラフで見ても分かりやすい。
小5の途中では、明確に谷になっている時期がある。
親としても、
「これはちょっとまずいな」
と思っていた。
そこで大きかったのが、個別指導だったと思う。
SAPIXでできなかった問題。
本人が苦手としている単元。
そういったところを個別指導で改めて見てもらった。
もちろん、「分からない問題をもう一度やる」だけなら家でもできる。
実際、算数なら私もかろうじてまだ教えられる。
ただ、個別指導を見ていて特に効果が大きかったと思うのが、本人にゆっくり考えさせてくれることだった。
これが意外と家では難しい。
私が横で見ていると、どうしても待てない。
「ああ、そこじゃない」
「その考え方だと違う」
「ここに気づけば解けるのに」
と言いたくなる。
そして、そのうちヒントを出しすぎる。
下手をすると親が半分解いてしまう。
これでは本人の勉強になっているのか、だんだん分からなくなってくる。
その点、個別指導ではすぐに答えを教えない。
少しヒントを出す。
考えさせる。
それでも分からなければ、もう少しだけヒントを出す。
そして最後は、本人の頭で解き切るところまで待ってくれる。
この経験の積み重ねはかなり大きかったのではないかと思っている。
算数が突然得意科目になったわけではない。
今でも取りこぼす。
計算ミスもある。
過去問を見ても、
「これは取ってほしかったな」
という問題は普通に落とす。
それでも一時期の底からは戻ってきた。
算数については、ここから難問を何問解けるようになるかというより、
自分で考えて、取れる問題を最後まで確実に解き切る。
そこを本番までにもう少し安定させたいと思っている。
理科は今かなり心配している
そして理科。

これは現在、かなり心配している科目である。
数字だけを見ても波が大きい。
小4の頃にはかなり良い数字も出ているのだが、小5以降は50台前半を中心に上がったり下がったり。
ただ、私が気になっているのは偏差値そのものよりも、勉強の仕方である。
前の記事でも書いたが、先日、理科の宿題の答えをかなりそのまま写していたことが発覚した。
本人にしてみれば、宿題は終わっている。
ノートも埋まっている。
だから「勉強した」ということになるのかもしれない。
でも当然ながら、それでは頭には残らない。
最近も、
「理科やってる」
というので何をやっているのか見ると、SAPIXの「コアプラス」を読んでいる。
もちろんコアプラスが悪いわけではない。
何度も繰り返せば、非常に良い教材なのだと思う。
問題は、その使い方である。
息子の場合、
読んでいるだけで、覚えた気になっているのではないか。
そこがどうしても気になる。
SAPIXの授業では当然いろいろな問題を解いているだろうし、先生にも教えてもらっている。
それでも家での勉強を見ていると、どうも表面をなぞっているように感じる。
「見たことがある」
「知っている」
「自分で説明できる」
「問題として解ける」
これは全部違う。
今の息子は、この間にまだかなり距離があるように思う。
しかも理科は、単純な暗記だけではない。
実験条件を整理する。
グラフを読む。
計算する。
知識を使って考える。
だからこそ、教材を眺めて「やった」で終わるのは少し怖い。
理科については、
勉強した時間ではなく、どれだけ自分の血肉になったか。
本番までの残り期間は、そこを意識してほしいと思っている。
社会も「見て覚える」では足りない
最後は社会。

社会もかなり波がある。
一度良い数字が出ても、その次には大きく落ちる。
グラフにすると、なかなかのジェットコースターである。
ただ、社会の場合は単元ごとの得意不得意もかなりありそうだ。
歴史は比較的好きなように見える。
ただし、歴史なら全部得意というわけでもない。
昔の時代は結構覚えているのに、明治以降の近代になると少し怪しくなる。
そして地理。
これはあまり得意ではなさそうだ。
公民もまだ不安がある。
ここも実際のところ、私はほとんど教えていない。
理科、社会、国語については妻に任せきりなので、私があれこれ偉そうに言える立場でもない。
ただ、横から見ていて感じるのは、理科と同じく、
「教材を見る」
↓
「分かった気になる」
↓
「勉強したことになる」
という流れが多いことである。
暗記については、もう少し泥臭くやったほうがいいのではないかと思っている。
見るだけではなく、書く。
- 声に出す。
- 手を動かす。
- 鉛筆を動かす。
- 間違えたら書く。
- もう一度声に出す。
- 翌日またやってみる。
結局、暗記というのはこういう地味な作業の繰り返しなのではないか。
今は動画もタブレットもあるし、便利な勉強方法はいくらでもある。
それはそれで良いと思う。
ただ、本番まであと146日というところまで来ると、最後は案外、
紙と鉛筆でどれだけ手を動かしたか。
そんなところに戻ってくる気もする。
特に理科と社会については、「勉強したつもり」のまま本番を迎えるのが一番怖い。
ここは残り期間で、かなりテコ入れが必要だと思っている。
成績はきれいには上がらない
今回、小4からのSAPIXの成績をまとめてみて、一番感じたのはこれだった。
成績というものは、本当にきれいには上がらない。
上がる。
下がる。
また上がる。
そしてまた下がる。
一回のテストだけを見ると、
「なんでこんなに下がったんだ」
と思う。
逆に、ものすごく良い結果が出ると、
「これは来たかもしれない」
などと思う。
しかし2年半を一本のグラフにしてみると、どちらも単なる一点にすぎない。
小5で大きく落ちた時期は、当時かなり心配した。
このままで大丈夫なのか。
勉強方法がおかしいのではないか。
SAPIXについていけていないのではないか。
いろいろ考えた。
でも今になって振り返ってみれば、その後また戻っている。
逆に良かったテストの次に、普通に下がっていることもある。
そんなものなのだ。
だから一回の模試結果に、親が必要以上に振り回される必要もないのかもしれない。
……と、ここまで書いておきながら、私は次の模試でも偏差値を見た瞬間に普通に一喜一憂すると思う。
親というものは、なかなか学習しない。
これからは偏差値より過去問
そして、いよいよ過去問も始まった。
ここからはSAPIXの偏差値だけを追いかけても仕方がない。
志望校の問題を実際に解いて、
何点取れるのか。
合格最低点まであと何点なのか。
どこで落としているのか。
そちらのほうが重要になってくる。
模試で良い判定が出ても、本番の問題で点が取れなければ意味がない。
逆に、模試の偏差値が少しくらい足りなくても、その学校の問題と相性がよく、合格点を安定して取れるようになれば可能性はある。
これからの5か月弱は、そういう時間になっていくのだろう。
あと146日
小4の頃の成績を見返すと、中学受験本番なんてまだずいぶん先の話だった。
それが、あと146日になった。
今回グラフにしてみると、決して順調な2年半ではない。
上がった。
下がった。
また上がった。
今も課題は山ほどある。
国語は、今の状態を維持する。
算数は、自分で考えて取れる問題を確実に取る。
理科は、「理解したつもり、やったつもり」をやめる。
社会は、もう少し手を動かして覚える。
書いてしまえば、やることは意外とシンプルである。
あとはそれを、本当に146日続けられるかどうか。
もっとも、これは息子だけの問題でもない。
親のほうもあと146日、偏差値を見て一喜一憂しながら、怒ったり反省したりするのだろう。
小4からここまで約2年半。
長かったような気もするし、あっという間だったような気もする。
本番まで、あと146日。
いよいよ数字を眺める受験から、実際に合格点を取りにいく受験に変わってきた気がする。
にしても理科はなんとかしたい。

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