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『二月の勝者』3巻を読んで|偏差値55の壁と「基礎を固める」意味を考えた

いやー、今週は疲れた。

仕事が忙しい。

そこに飲み会が入る。

そして昨夜も、家に着いたのはほぼ終電だった。

40代のおっさんにとって、仕事+飲み会のコンボはなかなか強烈である。

飲み会自体は楽しい。

問題は、そのあとだ。

酒を飲んだあとのラーメンの誘惑が半端ではない。

普段なら、

「こんな時間にラーメン食べたら太るよな」

と普通に判断できる。

ところが酒が入った瞬間、

「まあ、今日くらいいいか」

になる。

しかも駅前のラーメン屋や立ち食いそばから漂ってくる匂いがまた強烈なのである。

出汁の匂いなんて反則だと思う。

ただ、最近は少し学習した。

昨日もなんとかラーメンを回避。

ローソンに寄って、からあげクンとヘパリーゼを買って帰宅した。

深夜のからあげクンが健康的かと言われると、たぶん違う。

ただ、ラーメン一杯よりはマシだろう。

たぶん。

そのおかげなのか、今朝は意外と普通に起きることができた。

若い頃なら飲んだあとにラーメンを食べて、そのまま寝ても翌朝普通に動けた気がする。

今そんなことをやると、午前中が丸ごと消える。

40代になると、飲み会そのものよりも、

飲み会のあとに何を食べないか。

こちらのほうが重要なのかもしれない。

そんな土曜日の朝。

リビングでは息子が過去問を解いている。

そして僕はその横で『二月の勝者』3巻を読みながら、このブログを書いている。

なかなかシュールな光景である。

息子は本物の中学受験。

父親は中学受験漫画。

息子から見れば、

「こっちは過去問やってるのに、なんでお父さんは漫画なんだ」

という話かもしれない。

ただ、実際に受験生の親になってから読む『二月の勝者』は、以前とはかなり違って見える。

今回の3巻も、

「ああ、これ今まさに我が家でもやっているな」

と思う話がいくつもあった。

特に印象に残ったのが、基礎、学校選び、偏差値、そして夏期講習の話だった。

目次

全部解かなくていい

3巻の序盤で面白かったのが、模試の問題をあえて半分だけ解かせる話である。

普通に1時間使って全部の問題に挑戦すると、なかなか点数が取れない。

ところが、問題量を半分にして、同じ1時間を使わせる。

すると成績が上がる。

最初は、

「問題を減らしたら、それはそうなのでは?」

とも思う。

しかし狙いはそこではない。

例えば算数なら、難しい問題に時間を使うよりも、最初にある計算問題や基本問題を確実に取る。

途中式を丁寧に書く。

問題文をちゃんと読む。

見直す。

本来なら取れるはずの問題を落とさない。

それだけでも総得点はかなり変わる。

これは実際に過去問をやり始めるとよく分かる。

家でも点数を見ながら、

「これ、解けなかったの?」

と聞く。

すると、

「いや、これはできた」

と言う。

ではなぜ間違えたのか。

計算ミス。

問題の読み違い。

数字の写し間違い。

時間がなくて焦った。

そんなものが結構出てくる。

難問が解けなかったのであれば、まあ仕方がない。

しかし、

解ける問題を落としているのは、ものすごくもったいない。

中学受験になると、どうしても難しい問題に目が向く。

もっと難しい問題集をやろう。

応用問題をやろう。

志望校対策をやろう。

もちろんそれも必要なのだろう。

ただ、その前に、

取れる問題を全部取る。

これが大事なのである。

「できた」を作る

もう一つ、このやり方には意味がある。

子ども自身に、

「自分でも解ける」

と思わせることだ。

これも結構大事だと思う。

難しい問題ばかり渡される。

毎回時間が足りない。

点数も低い。

これを毎日やっていたら、そりゃ嫌になる。

大人だってそうだ。

仕事で毎日できないことばかり指摘されたら、普通に会社へ行きたくなくなる。

子どもならなおさらだろう。

まずは解ける問題を確実に解く。

そして、

「ここまではできた」

という感覚を作る。

そこから少しずつ範囲を広げる。

今回の3巻を読んでいて、

点数を上げることと、自信をつけることは意外と近いところにあるのかもしれない

と思った。

ちょうど横では息子が過去問をやっている。

ついつい親としては、

「何点だった?」

が一番気になる。

ただ今の時期なら、

「何点取れたか」

より、

「本当は取れた問題を何問落としたか」

を見るほうが重要なのかもしれない。

夢より選択肢?

そして3巻では、かなり現実的な話も出てくる。

「夢」の話である。

子どもの将来の夢を、そのまま中学受験の学校選びに結びつけるべきではない。

小学生の夢なんて、これからいくらでも変わる。

だったら将来の夢から逆算して学校を決めるよりも、

できるだけ選択肢が広がる環境を目指したほうがいい。

かなりドライである。

漫画の中では、よりレベルの高い大学へ進めば、それだけ職業選択の幅も広がる、という考え方が出てくる。

そして、そういう大学を目指す仲間がいる環境へ行くことにも意味がある。

さらには、

夢を叶えられる人はほんの一部なのだから、せめて将来いろいろな仕事を選べるだけの教育や学歴を与える。

そんな考え方である。

最初に読んだときは、

「いや、ずいぶん現実的だな」

と思った。

もう少し夢を見てもいいではないか。

まだ小学生なのだから。

ただ、自分自身の人生を考えてみると、これが意外と否定できない。

僕にも夢はなかった

僕自身、中学生や高校生の頃に、

「絶対にこれをやりたい」

というものがあったかというと、ほとんど記憶にない。

なんとなく勉強して、大学へ行った。

大学に入ったら何か見つかるのかと思ったが、大学4年間でも、

「俺はこれを仕事にするんだ」

という明確なものが見つかったわけではない。

そしてそのまま就職活動をして、会社に入った。

こうやって書くと、ものすごく行き当たりばったりである。

でも、それから会社員として働いてきて、今の仕事は結構面白い。

大変なことも多い。

仕事+飲み会でヘロヘロになる週もある。

それでも、いろいろな人と仕事をして、責任のある仕事も任されて、それなりに充実している。

だから、自分自身について考えてみても、

学歴は「夢を叶えるための切符」というより、「選択肢を減らさないための切符」だったのかもしれない。

大学へ行ったことで応募できた会社があった。

その会社に入ったことでできた仕事があった。

そこから今につながっている。

もちろん学歴がすべてではない。

会社で働いていれば嫌というほど分かる。

いい大学を出ているから仕事ができるわけではない。

逆も当然ある。

人間性も大事。

コミュニケーションも大事。

運もある。

だから、

「偏差値が高ければ人生は安泰」

なんてことはまったくない。

ただ一方で、

「学歴なんて何の意味もない」

とも僕は思わない。

まだ何をやりたいか分からない子どもだからこそ、将来の選択肢を残しておく。

そういう意味で勉強する価値はあるのだろう。

夢が決まっていなくてもいい。

むしろ小学生なら、それが普通なのではないか。

将来何かやりたいことができたときに、

「あのとき勉強しておけばよかった」

とならないようにしておく。

3巻の考え方はちょっと極端ではある。

でも、自分を振り返ると、

「確かにそういう面もあるな」

と思ってしまった。

私立はかなり多様

3巻の後半では、いろいろな私立中学校についての話も出てくる。

これも面白かった。

一口に私立中学といっても、本当にいろいろある。

英語教育に力を入れている学校。

イングリッシュキャンプが充実している学校。

日本にいながら海外の高校卒業資格につながるような教育プログラムがある学校。

中学受験ではそれほど偏差値が高くなくても、高校受験ではかなり難しくなる学校。

カリキュラムの組み方も学校によって違う。

大学進学に強い学校。

自主性を重視する学校。

管理型の学校。

部活動に力を入れている学校。

海外教育に強い学校。

本当にいろいろである。

中学受験を始める前は、僕も学校というものをかなり単純に見ていた気がする。

偏差値50。

偏差値55。

偏差値60。

数字が違うだけ。

でも実際に学校説明会や文化祭へ行くようになると、

同じくらいの偏差値でも学校の雰囲気は全然違う。

これはかなり実感する。

「この学校、思っていたよりいいな」

という学校もある。

逆に、

「偏差値的には魅力的だけど、息子にはちょっと合わないかな」

と思う学校もある。

結局、偏差値表の数字だけでは分からない。

6年間、毎日のように通う学校なのだから当然である。

親が一次選考する

そして学校選びについて、3巻で個人的に面白かった考え方がある。

子どもに見せる学校は、まず親が選ぶ。

というものだ。

漫画ではかなりストレートに、学費を払うのは親なのだから、という話が出てくる。

身も蓋もない。

だが、確かにそうである。

私立中学に通えば、当然学費がかかる。

交通費もかかる。

学校によっては研修旅行や海外研修もある。

部活動にもお金がかかるかもしれない。

さらに通学時間もある。

毎日片道1時間半かかる学校なら、本人の生活は大きく変わる。

家族の生活にも影響する。

だから、

「子どもが行きたいと言ったから」

だけでは決められない。

一方で、

「親が気に入ったからここへ行け」

というのも違う。

そこで一番しっくりくるのが、

親が一次選考をして、その中から子どもに選んでもらう。

というやり方である。

親がまず調べる。

教育方針。

学費。

通学時間。

大学進学。

校風。

設備。

学校生活。

そのあたりを見て、

「ここなら6年間通わせたい」

と思える学校をいくつか選ぶ。

そして子どもと一緒に説明会や文化祭へ行く。

本人が、

「ここ、いいな」

と思うかを見る。

この順番はかなり合理的だと思う。

小学生に、

「首都圏にはたくさん学校があるから、自分に最適な学校を選びなさい」

と言っても無理がある。

大人だって難しい。

だから親がある程度絞る。

でも最後に通うのは子どもなので、本人の感覚も大切にする。

親が候補を作り、子どもがその中から選ぶ。

我が家の学校選びも、結果的にはかなりこれに近い形になっている気がする。

偏差値55の壁

そして後半で面白かったのが、偏差値の話だった。

偏差値というと、なんとなく坂道のようなものを想像する。

50、51、52、53、54、55、56……。

数字が一つずつ上がっていくので、勉強すれば少しずつ登っていけるように見える。

ところが3巻では、

偏差値55から60の間には、単なる坂ではない壁のようなものがある

という話が出てくる。

なるほどと思った。

偏差値55くらいまでは、それまで習った内容をしっかり理解して、基本問題を取っていけば伸びていく。

ところが受験勉強が進むにつれて、問題は単元ごとにきれいに分かれていなくなる。

これは速さの問題。

これは割合。

これは図形。

そんな親切な出題ではなくなる。

いろいろな知識を組み合わせて考える必要が出てくる。

つまり、

覚えた公式をそのまま当てはめるだけでは解けなくなってくる。

だから、それまでそこそこ点数が取れていた子でも、急に伸びなくなる。

場合によっては偏差値が下がる。

中間上位層にとっては、かなり苦しい時期なのだろう。

でも考えてみれば当然である。

受験問題なのだから、最後は、

「これはこの公式を使ってください」

なんて教えてくれない。

どの知識を使うのか。

どこから考えるのか。

自分で判断しなければならない。

偏差値55から上へ行くには、単純な知識量だけではなく、

「知っていることを使う力」

が必要になってくるのだろう。

夏が最後の基礎固め

そして3巻はいよいよ7月に入り、夏期講習の話になっていく。

ここでまた強烈な話が出てくる。

夏は学力を上げる大きなチャンスであり、全範囲をまとめて復習できる最後の時期だという話だ。

夏を過ぎると、秋からは志望校別の対策が本格化する。

過去問も始まる。

模試も増える。

やることはどんどん具体的になる。

つまり、

基礎の穴を一つずつ探して、ゆっくり埋める時間がなくなっていく。

これは今、実際に9月の受験生活を送っていると、ものすごくよく分かる。

本当に時間がない。

通常授業がある。

SS特訓がある。

志望校別の勉強がある。

過去問がある。

模試がある。

学校もある。

そして当然、子どもなので寝なければならない。

一日は24時間しかない。

今から、

「そういえば5年生のこの単元が怪しかったから、一週間かけてじっくり復習しよう」

なんて簡単にはできないのである。

そう考えると、夏に基礎を固める意味は大きい。

基礎なくして応用なし

今回3巻を読んでいて、結局ここに戻ってくるのだと思った。

基礎である。

基本問題を確実に取る。

計算ミスをしない。

公式をただ暗記するのではなく理解する。

弱い単元を見つける。

穴を埋める。

それができて初めて応用問題に進める。

当たり前なのだ。

当たり前すぎて、ついつい忘れる。

受験生になると、どうしても難しいものに手を出したくなる。

志望校の過去問。

難関校向け問題集。

志望校別講座。

難しい問題を解いているほうが、

「受験勉強している感」

もある。

でも、土台がグラグラしたまま難しい問題を積み上げても、結局崩れる。

家を建てるのと同じである。

豪華な2階を作る前に、基礎工事をちゃんとやらなければならない。

そして今朝も、その横では息子が過去問を解いている。

難しい問題が解けるかももちろん気になる。

でも今日、答案を見るときは、

「取れる問題をちゃんと取れているか」

をいつもよりしっかり見てみようと思う。

3巻も現実的だった

『二月の勝者』3巻。

今回もなかなか現実的だった。

問題を全部解こうとせず、取れる問題を確実に取る。

夢だけで学校を選ばず、将来の選択肢を残す。

私立中学にはいろいろな学校がある。

親がまず候補を選び、その中から子どもにも選んでもらう。

偏差値55から先には、それまでとは違う壁がある。

そして夏は、とにかく基礎を固める。

こうやって並べると、夢のある話はあまりない。

むしろ、

中学受験のかなり現実的な部分ばかりである。

でも今、実際に息子の中学受験に伴走していると、その現実的なところが面白い。

漫画だから読んでいるというより、

「なるほど、そういう考え方もあるのか」

と親向けの参考書を読んでいる感覚に近くなってきた。

そして何より、

リビングの横では、その中学受験がリアルタイムで進んでいる。

父親は『二月の勝者』を読む。

息子は過去問を解く。

昨夜は終電近くまで飲んでいた。

なんとも統一感のない土曜日の朝である。

まあ、これが我が家の中学受験なのだろう。

とりあえず今日は、息子の過去問が終わったら答案を見よう。

その前にもう一杯、コーヒーでも飲むことにする。

天王山の2/1まであと135日。

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この記事を書いた人

40代、2児の父。現在は息子の中学受験に伴走中。しばらくは中学受験を中心に、日々の試行錯誤や実体験を発信していきます。

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